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第8編 歴史と伝統は続いています(参)

丹波地域では、例年、お盆を過ぎたころから朝晩は比較的涼しくなるのですが、今年に限ってはまだまだ暑い日が続いています。「型が生みだす、やきものの美−柿右衛門・三田−」展の後期日程では、備前(岡山県)の金重利陶苑および佐藤家に伝わる土型を展示していますが、柿右衛門窯、三輪窯の土型と同様、古い歴史が秘められています。

備前焼は、日本六古窯のひとつに数えられ、平安時代末期から連綿とやきものづくりが行われており、うつわの表面に釉薬を掛けず、1,200〜1,300℃の高温で焼成した焼締め陶器の伝統が現在も引き継がれています。壷や甕、すり鉢の生産が長く続けられ、備前焼の特徴的な製品として知られていますが、桃山時代には花入や水指などの茶陶の他、会席(懐石)用のうつわなどもつくられました。江戸時代に入り、布袋や獅子、鴛鴦などの置物、神社の社頭や社殿の前に据え置かれる宮獅子(狛犬)などに加え、皿や鉢なども型によってつくられています。

備前六姓といわれ、室町時代末期に成立した備前焼の三大窯(南窯・北窯・西窯)の共同経営者兼陶工の六つの窯元(※1)のひとつである金重利陶苑(※2)には、備前焼の11の窯元で確認された7,011点の土型のうち、約40%を占める2,822点の土型が残されています。それらの中には、皿や鉢などのうつわの型は非常に少なく、大半が獅子や布袋、鴛鴦、亀などの置物あるいは香合などの型で占められています。ただ、金重利陶苑に残された元禄16(1703)年銘の型は、備前の型の中で最も古く、享保14(1729)年から代々、岡山藩御細工人の家系となった江戸時代中期以降の備前焼の生産の側面を知る貴重な資料となっています。また、佐藤家(※3)にも873点の土型が残されており、寛政12(1800)年銘の菊葉形小皿の型は、備前の皿の型で最も古く、当時の陶工佐藤陶崖がつくりだした型が金重家を含めた他家に影響を与えたといわれています。文人や学者と交じり、書画を学んだ陶崖の型には、草花や富士山などの日本的なかたちや意匠だけでなく、中国の画題などを取り入れた多様な文様が彫りこまれています。

型づくりのイメージが少ない備前において、現在まで伝えられているこれらの型は、当時の生産の状況をうかがい知る貴重な資料であるとともに、先祖の存在やその仕事ぶりの一端を物語っています。

(担当・大)

 

 

             

 

     



土型調査窯元
上)金重利陶苑 下)土型の保管状況
(岡山県備前市)

 





佐藤家の土型の一部(岡山県備前市)

(※1) 備前六姓は、木村・大饗(おおあえ)・森・寺見・金重・頓宮(とんぐう)の六姓を指し、このうち、木村・大饗・森・金重の四姓は現在もやきものづ
     くりが行われています。

(※2) 金重家の総本家である金重利陶苑では、当主は代々、金重利右衛門を襲名し、江戸時代は岡山藩御用細工人を務め、将軍家への献上や
     諸大名への贈答などを手掛けていたといわれています。

(※3) 金重利陶苑に隣接する佐藤家は、明治時代に廃窯となりましたが、金重利陶苑とは雰囲気の異なる皿や鉢の型が多く残されています。

 

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