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第14編 粛々と終わりにむけて

やきものの型に焦点をあてた、「型が生みだす、やきものの美−柿右衛門・三田−」展が終了して3週間近くが経過しましたが、当館では、現在、「パリに咲いた古伊万里の華」展が開催されています(※1)。いつものことですが、展覧会終了の翌日(月曜日)から粛々と作品の撤収作業が始まり、金曜日からは順次、作品の返却作業を進めています。これまで、個人的な予定が入っていた日(※2)を除き、大阪や京都、九州(佐賀・福岡)、東京での返却作業を行い、来週は、備前(岡山)、萩(山口)、香川での返却が予定されています。

日本において、「型」を利用したやきものは、江戸時代前期以降、肥前有田(佐賀県)でみられるようになりますが、それ以前の桃山時代、剽げて歪んだ造形や意匠が個性的な織部焼(岐阜県)などでも利用されていました。また、日本のやきものに大きな影響を与えた中国でも、11世紀の終りごろ(北宋時代)の窯跡から土型が出土しており、型を利用したやきものづくりが行われていたことが知られています。やきものとは異なりますが、同じように窯を利用して焼成し、古代の寺院などに葺かれた瓦には、鐙(軒丸)瓦や宇(軒平)瓦など軒先を飾った文様瓦が木型でつくられていたことが明らかとなっています。木型は残っていませんが、焼成した窯や供給された寺院などとともに、同じ木型でつくられた瓦の流通状況が瓦の文様部分の傷跡などによって辿ることができ、当時の社会構造を解明する資料のひとつともなっています。

限られた範囲と時間で調査し、「型」展で紹介しましたやきものの型は、やきものづくりが盛んな日本では、ほんのひと握りに過ぎませんが、そこには、当時の流行や陶工の仕事ぶり、やきものづくりの技術の一端が秘められています。普段何気なく使っているやきもののうつわには、それらが凝縮され、現在に引き継がれているように思われます。

(担当・大)

 

(※1) 江戸時代の鎖国体制の中、肥前有田の磁器は長崎を窓口として、広く世界へと輸出されましたが、ヨーロッパに渡った古伊万里を収集した
     USUI COLLECTIONから選りすぐりの名品165点が紹介されています。

(※2) 生まれ育った村の祭りは2年ごとに御輿がでますが、今年がその年にあたっているため、御輿の担ぎ手として、展覧会の主担当あるいは撤
     収・返却作業の忙しさに関わりなく、早々に予定を入れられ、また、前の職場で開催された、日本考古学協会兵庫大会でも第3分科会の資料
     作成に関わったことから、当日、お呼び出しがありました。

 

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